石川ひとみ デビュー1年後の里帰り

1年ぶりに故郷に帰ったひとみさん。
暖かく迎えてくれた懐かしい人達との再会、最後のお母様の言葉に、思わず胸が熱くなります。
放送後38年を経過しておりますが、WEB公開に際し、名前など個人が特定できる部分につきましては、プライバシー等に配慮し一部画像を編集加工してあります、ご了承ください。

下記のWAKABAさんへの返信と一部重複しますが、説明いたしますと、
ひとみさんは伊勢湾台風(9月26日上陸)の直前に生まれました。台風の時は、名古屋市西区天神山町にあった、ひとみさんのご自宅は強風と激しい雨で大変だったそうですが、周りの騒ぎはどこ吹く風で、すやすやと眠っていたそうです。
2歳の時に海部郡美和町に引っ越して、高校卒業までそこで暮らしました。小学校は1学年2クラスで、5、6年生は竹組、ソフトボール部ではピッチャーをやり、負けず嫌いな一面もあったそうですね。当時から天地真理さんの大ファンで、歌手への憧れを抱いたのもこの頃なのかな?6年生の時にCBCテレビのどんぐり音楽会に出演し、南沙織さんの「潮風のメロディ」を歌ったのがTVデビューでした。
中学時代、3年E組のマドンナとして、他のクラスの男子にもその存在が知られる存在になり、親衛隊が結成されたそうで、席が自由な美術の時間ともなると、ひとみさんの隣に座ろうと周りの男子が血みどろの?争いをしていたとか。中3の修学旅行で一緒になった他校の男子生徒が、ひとみさんに目をつけて、「あの子かわいいから紹介して」と言われたときに、あの子は絶対ダメとブロックしたそうですね。放課後は軟式テニス部に所属し、ダブルスでは前衛だったそうです。ただし、中学校時代には余り身体が丈夫でなく、休みがちで、高1の時に十二指腸潰瘍を患って1ヶ月ほど入院したそうです。ひとみさんが、肉や脂っこい食物が苦手な理由はそういったところにあったわけですね。(1981年BOMB12月号より)
初恋の人はバレー部の部長だった同級生で、女生徒に人気があって、ひとみさんは中学時代は告白できなかったそうですが、別々の高校へ進学した後、「まちぶせ」と良く似た経過で「両思い」になって、二人は少しの間お付き合いをしたそうですよ。

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